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中之院 軍人像について
ここの軍人像のほとんどは昭和十二年上海上陸
作戦における呉松の敵前上陸で戦死された
名古屋第三師団歩兵第六連隊の兵士達です。
緊急の出動で名古屋城内の兵営より名古屋
港まで夜間十三キロの徒歩行軍の後、艀で野間沖に
待機していた巡洋艦、駆逐艦に乗りこみ、わずか
廿六時間で揚子江河口付近に到着後の昭和十二年
八月廿三日の敵前上陸でした、が、上陸後半月足
らずでほとんど全滅してしまいました。
軍人像そのものはめいめいのご遺族が戦没者の
一時金をもって写真を基に造らせ建立したものです。
昭和十二年から十八年のことと言います。
また戦後進駐軍が取り壊しを命じた際、僧侶
が、国のために死ぬということはアメリカも日本も変わり
はない。あれを日本人の手で壊すことはできない。どう
しても壊すというなら我々をこの場で銃殺した上で
あなた方が行って壊せばいいだろう。と頑張った。
おかげで像は壊されずに済んだということです。
建立当時より名古屋市千種区月が丘にあった
もので、当山には御縁により平成七年十一月に
お移しし、この地で安住いただいております。
現在もよくご遺族ご縁者の方々が御参りに
いらっしゃっています。
天台宗 大慈山 中 之 院
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伊勢湾野間沖より上海呉松(吴淞ウースン)まで1681.234㌔ 一時間当たり1681.234㌔÷26時間=64.663㌔/h
(船速1kt(ノット)/h=1.852km/h) ノットで表すと 64.663÷1.852=34.877kt(ノット)/h
駆逐艦の最大速力 38.0kt(ノット)/hだから(34.877÷38)×100=91.781%(フルスピードに近い)
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上海呉松(吴淞ウースン)
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中華人民共和国上海市
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野間灯台沖(2012/11/30撮影α350)
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天霧 (駆逐艦)進水 1930年2月27日 排水量 基準:1,680t 公試:1,980t 全長 118m (水線長:115.3m) 全幅 10.36m 速力 38.0ノット
乗員 219名 石川島造船所で建造
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朝霧 (駆逐艦)進水 1929年11月18日 排水量 基準:1,680t 公試:1,980t 全長 118m (水線長:115.3m) 全幅 10.36m 速力 38.0ノット
乗員 219名 (もしくは220名)佐世保海軍工廠で建造
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夕霧 (駆逐艦)進水 1930年5月12日 排水量 基準:基準:1,680t 公試:1,980t 全長 118m (水線長:115.3m) 全幅 10.36m 速力 38.0ノット
乗員 219名 (もしくは220名)舞鶴工作部で建造
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